第3回例会(興居島)18.10.21


日 時:平成18年10月21日(土)
場 所:興居島「ふじや」
内 容:宮本武之輔の記録映画の鑑賞、宮本武之輔について、ゆかりの人から話を聞く、「ふじや」で懇親会

(開催場所「ふじや」)

(開催場所「ふじや」)

例会状況

例会状況 例会状況例会状況例会状況 例会状況 例会状況 例会状況 例会状況

懇親会

料理に出てきた「ふじや」さんの生きの良いお魚さんたち
懇親会

第2回例会(興居島)18.08.26

日 時:平成18年8月26日(土)

場 所:興居島

内 容:「顕彰碑」「墓地」「後藤家」等を訪問後、相子の浜で懇親会

伊予鉄道 高浜駅

伊予鉄道 高浜駅

高浜港 フェリー

高浜港 フェリー

高浜港フェリー桟橋

高浜港フェリー桟橋

四十島 通称 ターナー島

四十島 通称 ターナー島

【四十島 通称 ターナー島】
所在地 愛媛県松山市高浜町1丁目乙115番
地積 1,199m2
経緯
明治28年4月 夏目漱石松山中学校に赴任
明治37年2月 国から四十島の払い下げを受ける。
明治39年4月 小説「坊っちゃん」発表
昭和52年頃 松喰い虫被害の拡大
昭和53年頃~ 北岡杉雄氏(元小学校教諭)が黒松の移植を開始
平成3年9月 19号台風による高波、塩害
平成17年6,月22日 松山市から譲与申請

宮本武之輔顕彰碑前記念撮影

宮本武之輔顕彰碑前記念撮影

宮本武之輔顕彰碑
昭和29年5月 全日本建設技術協会が建立
(表)
偉大なる技術者/宮本武之輔博士/この島に生る
(裏)
宮本武之輔君は正義の士にして信念に厚し/卓抜せる工学の才能と豊かなる情操と秀でたる/文才とを兼ね具へ終生科学立国を主唱す/知る者皆其の徳を慕う/明治25年1月生/東京帝国大学工学科卒業・内務技師として我国土木事業に/興亜院技術部長として大陸の建設事業を指導/企画院次長として産業立国の策定に挺身/昭和16年12月東京に於いて没す

宮本武之輔顕彰碑 表

宮本武之輔顕彰碑 表

宮本武之輔顕彰碑 裏

宮本武之輔顕彰碑 裏

後藤家にて武之輔の話を聞く
後藤家:宮本武之輔の妹タマヨの嫁ぎ先
武之輔やその家族について説明してもらう
武之輔は興居島に帰ると後藤家に宿泊していた。
戦時中は、宮本夫人幸子と子供たち(とし子(長女)靖(長男)さと子(二女)信(二男)なが子(三女))、幸子の両親が疎開していた。また、その後もたびたび訪れていた。
後藤家にて武之輔の話を聞く

後藤家にて武之輔の話を聞く

宮本家 菩提寺 観音寺
宮本家の墓は、長い石段を上り山門に向かって左側の見晴らしのいい「一等地」にある。
宮本家 菩提寺 観音寺

宮本家 菩提寺 観音寺

宮本武之輔の墓

宮本武之輔の墓

宮田家の墓
宮田兵吉は、武之輔に中学、高校を通じて毎月学費・生活費を援助し続けた。
兵吉と武之輔の父藤次郎とは幼なじみであり昵懇の仲であった。
宮田家の墓

宮田家の墓

宮本家菩提寺観音寺にて記念撮影

宮本家菩提寺観音寺にて記念撮影

相子の浜にて懇親会

相子の浜にて懇親会

参考文献一覧

宮本武之輔の経歴

1892(明治25)年1月、興居島(現愛媛県松山市)に生まれ、小学校の頃父親が事業に失敗して全財産を失い中学校に進学できず、瀬戸内海航路の貨客船のボーイとなって家計を助けた。その後、興居島の篤志家宮田兵吉の援助を受け勉学の道に戻り、私立錦城中学校(東京)に編入学し、異父兄窪内石太郎の影響を受け工科のコースを歩む決心をする。第一高等学校を無試験入学、東京帝国大学土木工学科を主席(恩賜の銀時計組)で卒業後、大正6年内務省に入省する。

利根川、荒川の大規模河川改修を手掛け、荒川では、「小名木川閘門」の設計施工を担当し、大正12年から大正14年の1年半、鉄筋コンクリート構造物の研究のため、欧米諸国(フランス、ドイツ、イギリス、アメリカ)を歴訪した。 昭和2年の信濃川大河津自在堰陥没事故で、内務省の威信をかけた可動堰建設の陣頭指揮をとり、出水や風雪、風土病と戦いながら、わずか4年後の昭和6年に完成させ、越後平野を洪水から守り、民衆のために尽した。 また、コンクリート工学博士となり、「鉄筋コンクリート」「治水工学」等を執筆、昭和12年に東京帝国大学教授(河川工学)を兼任する。 日本工人倶楽部発足など、技術者の地位向上の運動を展開するとともに、科学技術の体制づくりのため、科学技術庁の設立に取り組んだ。

昭和15年に内務省土木局から、内閣直属の中国占領地域に対する最高行政機関であった興亜院の技術部長に抜擢され、昭和16年には国の最高政策立案機関であった企画院の次長(官僚のトップ)に就任。 1941(昭和16)年12月、東京で悪性肺炎のため急逝(享年49歳)。

宮本武之輔の思い出

宮本武之輔の画像資料を、時系列でご紹介しています。武之輔が思い出を振り返っているかのように、お楽しみください。

※画像をクリックすると拡大します。拡大された画像の右上の【Start】を押すとスライドショーが始まります。停止する場合は【Stop】をクリックするか、写真外をクリックしてください。

1 船員見習い時代(15歳)

1 船員見習い時代(15歳) 

従兄弟の藤井半次郎

従兄弟の藤井半次郎

3 興居島旧宮本生家の土蔵(現存せず)

3 興居島旧宮本生家の土蔵(現存せず)

4 宮本生家の入り口

4 宮本生家の入り口

【異父兄 窪内石太郎】
宮本武之輔の生涯は義父兄 窪内石太郎無しではありえない。武之輔は、人生の苦悩をことあるごとに打ち明け相談した。また、石太郎も弟の才能を評価し、勉学に励む必要性を教え、工科のコースを目指すように強く説得する。東京帝国大学採鉱冶金学科卒、明治工業株式会社取締役
【篤志家 宮田兵吉】
武之輔の生涯を語るうえで忘れてはならない大恩人である。武之輔に中学、高校を通じて毎月学費、生活費の仕送りを続けた。村会議員を30年余り務めた村の長老各で、私財をなげうって、道路や貧民救済事業を行った。無理な返済は求めず、勤勉さとともに、優秀な成績を求めた。武之輔は、危篤と聞いて公務を中断し急遽島まで駆けつけている。
5 宮本武之輔 東京帝国大学時代

5 宮本武之輔 東京帝国大学時代

6 義父兄窪内石太郎・武之輔の将来をあらしめた兄

6 義父兄窪内石太郎・武之輔の将来をあらしめた兄

7 大恩人 宮田兵吉翁

7 大恩人 宮田兵吉翁

 

※同級生に芥川龍之介、菊池寛、久米正雄、後に大河津自在堰を設計する岡部三郎が同級だった。中学時代は小説にのめりこみ、自ら執筆し将来は文学者を目指そうと志したが、異父兄に大反対されたこともあり作家の道を断念した。

8 「南風」終刊号

8 「南風」終刊号

9 「南風」志友、×印が武之輔

9 「南風」志友、×印が武之輔

10 四国88箇所巡礼中

10 四国88箇所巡礼中

11 宮本武の輔・中路幸子の婚約時代

11 宮本武の輔・中路幸子の婚約時代

12 婚約時代

12 婚約時代

大正9年4月10日、東京で結婚式と披露宴が行なわれた。武之輔28歳、幸子18歳。
13 結婚直前の宮本と中路幸子

13 結婚直前の宮本と中路幸子

 

14 小名木川閘門工事

14 小名木川閘門工事

15 結婚式

15 結婚式

16 親族に囲まれた結婚式記念写真

16 親族に囲まれた結婚式記念写真

17 異父兄窪内石太郎と英国にて

17 異父兄窪内石太郎と英国にて

大正12年6月、武之輔は内務省(現在の建設省)から欧米の長期出張(留学)を命じられた。
18 欧米出張途上エジプトで。前列右から2人目

18 欧米出張途上エジプトで。前列右から2人目

昭和2年の信濃川大河津自在堰陥没事故で、内務省の威信をかけた可動堰建設の陣頭指揮をとり、出水や風雪、風土病と戦いながら、わずか4年後の昭和6年に完成させ、越後平野を洪水から守り、民衆のために尽した。
19 芸者丸子

19 芸者丸子

20 武之輔と長男靖(新潟時代)

20 武之輔と長男靖(新潟時代)

21 可動堰工事現場での武之輔と子供たち

21 可動堰工事現場での武之輔と子供たち

22 左から長女とし子、武之輔、次女さと子、長男靖、妻幸子

22 左から長女とし子、武之輔、次女さと子、長男靖、妻幸子

23 家族とともに海水浴

23 家族とともに海水浴

24 熟期宮本

24 熟期宮本

26 最後の家族写真

26 最後の家族写真

27 満州開発の現場に立つ武之輔

27 満州開発の現場に立つ武之輔

※写真は武之輔のご子息宮本信氏、(社)北陸建設弘済会のご協力による。

 

例会一覧

これまでの例会の一覧です。

PDFでご覧になりたい方は下記のリンクをご覧ください。
-■例会報告書

「宮本武之輔を偲び顕彰する会」例会の経過

第1回 2006/6/23(金)18:30 (8名出席)
内容:設立
場所:松山コンピューター専門学校
・「宮本武之輔を偲び顕彰する会」の設立
・ 今後の会の方向について

第2回 2006/8/28(土)16:00 (11名出席)
内容:現地例会
場所:興居島由良
・会の代表者、役員選定
・会費、今後の会の活動について
・ゆかりの地訪問

第3回 2006/10/21(土)15:30 (8名出席)
内容:現地例会
場所:興居島由良
・由良にて地元の方々と
・映画「民衆のために生きた技術者」観賞
・意見交換会

第4回 2007/1/12(金)18:30 (15名出席)
内容:例会
場所:松山市役所
・新規会員紹介
・武之輔日記観賞

第5回 2007/3/27(火)18:00 (13名出席)
内容:例会
場所:松山市役所
・武之輔日記観賞
・規約検討

第6回 2007/5/29(火)18:00 (17名出席)
内容:例会
場所:松山市役所
・武之輔日記観賞
・規約案検討

第7回 2007/7/21(土)15:00 (13名出席)
内容:現地例会
場所:興居島由良
・観音寺で家系図、墓所視察
・顕彰碑視察

第8回 2007/9/28(金)18:00 (11名出席)
内容:例会
場所:松山市役所
・興居島の振り返り
・武之輔日記観賞
・アイテム愛媛の建設フェアについて

イベント 2007/11/16-17(金/土)日中 有志
内容:講演会
場所:アイテム愛媛
・「宮本武之輔講演会」古川勝三副会長
・パネル展示

第9回 2007/12/10(月)18:00 (15名出席)
内容:例会
場所:松山市役所
・新規会委員・興居島探訪
・建設フェア・新潟視察計画
・今後の日記観賞

第10回 2008/1/23(水)18:00 (15名出席)
内容:例会
場所:松山市役所
・マンガ大河津分水可動堰改築観賞
・今後の日記観賞
・新潟視察関係

第11回 2008/3/21(金)18:00 (12名出席)
内容:例会
場所:松山市役所
・「宮本武之輔を偲び顕彰する会」の今後の目標設定
・武之輔日記観賞

第12回 2008/5/23(金)18:00 (11名出席)
内容:例会
場所:松山市役所
・「宮本武之輔を偲び顕彰する会」の目標設定
・武之輔日記観賞
・新潟視察関係

第13回 2008/8/9(土)15:00 (13名出席)
内容:現地例会
場所:興居島由良
・興居島の地元の方々7名参加
・意見交換、興居島でのイベント計画
・ホームページについて

第14回 2008/10/17(金)18:00 (8名出席)
内容:例会
場所:松山市役所
・興居島でのイベント計画
・ホームページについて

イベント 2008/11/3(月)日中 (13名出席)
内容:興居島文化祭
場所:興居島由良小学校体育館
・興居島文化祭(500人参加)において
・講演会
・パネル展示 を実施

第15回 2008/12/12(金)18:00 (15名出席)
内容:例会
場所:松山市役所
・興居島文化祭報告
・公式リーフレット作成提案
・ホームページ割り振り

第16回 2008/2/27(金)18:00
内容:例会
場所:松山市役所
・公式リーフレット(案)
・ホームページの内容